水戸地方裁判所 昭和26年(ワ)171号 判決
原告 根本佐吉
被告 藤沼三郎 外一名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告等両名は原告に対し別紙目録<省略>記載の不動産につき之に立入り、他人をして立入らせ又はその他の方法で原告の右不動産に対する占有を妨害してはならない。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、
一、其の請求の原因として次の通り述べた。
(一) 別紙目録記載の不動産(以下本件建物と称する)はもと那珂郡前渡村農業会の所有であつたが、同農業会は昭和二十一年十一月一日訴外斎藤俊治、同畑中繁太郎の両名共有に売渡し、右両名は更に之を昭和二十二年十一月一日訴外常陽農産工業株式会社(当時の商号は前渡農産工業株式会社と称した)に売渡し現に同会社の所有に属する。
(二) 原告は昭和二十五年十月五日右訴外会社から本件建物を賃借しその引渡しを受けて後同月十日更に之を訴外前渡村農業協同組合に一ケ年の期間を定めて転貸した。そして同組合は爾来本件建物を澱粉製造工場として占有使用して来たが、右一ケ年の期間の満了する昭和二十六年九月三十日更に右契約の期間を一ケ年延長し、其の期限を昭和二十七年九月三十日までとし、現に同組合において本件建物を占有使用しているが、同組合は転貸人たる原告の占有代理人として本件建物を占有しているものであり、原告は同組合を通じて本件建物を占有しているのである。
(三) 而してこれより先訴外株式会社日本勧業銀行は前述常陽農産工業株式会社の代表取締役たりし訴外畑中繁太郎個人に対する債権の執行保全のため本件建物が未登記であるのを奇貨とし、本件建物につき事実に反する家屋台帳を提出の上、東京地方裁判所に不動産仮差押命令の申請を為し、昭和二十五年七月二十四日その決定を得て同月二十五日不動産登記法の規定に基き右畑中個人名義に本件建物の所有権保存登記を了した上、仮差押の登記手続を履践した。然し右畑中単独所有名義の所有権保存登記は右に述べたように事実と全く吻合しない無効の登記であるが、原告としては本件建物に関する前述訴外常陽農産工業株式会社との間の賃貸借契約につき聊か不安を感じたので、本件建物につき更に訴外畑中との間に昭和二十六年二月二十八日附公正証書を以て五ケ年間の賃貸借契約を締結し、同日改めて同人から本件建物の簡易引渡しを受けた。
(四) 斯くの如くして原告は今日に至るまで訴外前渡村農業協同組合を通じて本件建物の占有を継続しているところ、被告等は訴外畑中繁太郎から本件建物を昭和二十六年十月二日買受けたと称して同月八日壮漢五、六名を以て、右組合に対し本件建物からの退去並に明渡しを迫り其の占有を妨害したが、将来もその虞れがあるから之が保全のため本訴請求に及んだ。
二、被告等の答弁に対し、株式会社日本勧業銀行が被告等主張の仮差押決定に基き、水戸地方裁判所に対し本件建物につき強制管理の申立を為し、昭和二十六年五月二十八日其の旨の開始決定があり本件建物は右強制管理の管理人の占有に一旦は帰したのであるが右の強制管理開始決定は同年十月四日停止決定により停止され、その後同月八日取下げられた。而して右停止決定により当然に其の執行は取消され、従前の前渡村農業協同組合の占有関係が復元し、同組合は現在も原告との賃貸借契約に基き原告の占有代理人として本件建物を現実に占有しているのである。又前述原告と訴外畑中繁太郎間の本件建物に関する賃貸借契約の締結に際し原告が同訴外人に金二十万円を融資することを約したのは無条件ではなく保証人をつけるとか、相当な担保を供するとか特に安全な方法を以て融資するという話合であつたが、その事なくして終つたので、原告としては融資しなかつたに過ぎない。以上にふれたほか被告等の主張するその余の事実はすべて否認すると述べた。
三、<立証省略>
被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。
一、原告主張の(一)の事実のうち本件建物がもと那珂郡前渡村農業会の所有であつたことは認めるが、其の余は全部否認する。本件建物はもと右訴外農業会の所有であつたが、建築も未完成のまま訴外畑中繁太郎個人が買受け終戦後之を自己の費用を以て完成し、同訴外人が個人で澱粉製造を為し取引し来たつたもので、全く同人の所有であつたところ、同人は昭和二十六年十月二日之を被告等両名に売渡し、同月三日其の旨の所有権移転登記を経由したものであるから、本件建物は現在被告等両名の所有である。(二)の事実のうち原告が其の主張の日、本件建物を訴外前渡村農業協同組合に期間一ケ年で賃貸し、更に昭和二十七年九月三十日まで右賃貸の期間を一ケ年延長したこと、右訴外組合が現在本件建物を澱粉製造工場として占有使用していることは認めるが、原告が訴外常陽農産工業株式会社から本件建物を賃借し其の引渡しを受けたこと、右訴外組合が原告の占有代理人として本件建物を占有使用しているものであること、即ち原告が右訴外組合を通じ本件建物を占有していることはいずれも否認する。而して原告の右訴外組合に対する賃貸は後述のように不法の賃貸である。(三)の事実のうち訴外株式会社日本勧業銀行が本件建物につき訴外畑中繁太郎個人に対する債権の執行保全のため東京地方裁判所に不動産仮差押命令を申請し原告主張の日其の決定を得て右訴外畑中の個人名義に所有権保存登記を了した上仮差押の登記手続を履践したこと、原告が其の主張の日訴外畑中との間に本件建物につき賃貸借の公正証書を作成したことは認めるが原告が訴外畑中から本件建物の簡易引渡しを受けたこと及び其の余の事実は全部不知又は否認する、原告は昭和二十六年二月二十八日訴外畑中に対し公正証書を作成終了と同時に金二十万円を融資する条件で本件建物の賃貸借公正証書を作成し、訴外畑中は右金二十万円を受領と同時に原告に対し本件建物の簡易引渡しを為す約束であつたが、原告は右金員の交付をしなかつた。これ全く訴外畑中に対し虚偽の事実を誤信せしめ、他意あつて該公正証書を作成せしめたものであり、該意思表示は詐欺に基因するので、訴外畑中は昭和二十六年四月二十四日原告に対し書留内容証明郵便を以て右意思表示を取消したものである。(四)の事実のうち被告等が昭和二十六年十月八日訴外前渡村農業協同組合に対し本件建物の引渡しを求めた事実はあるが、これは右組合が不法占有をしていたからである。其の余の事実は否認する。
二、本件建物は前述のように訴外畑中繁太郎の所有で同人が占有してきたところ、原告は同訴外人の承諾なきに拘らず、昭和二十五年十月中不法にも本件建物を訴外前渡村農業協同組合に対し昭和二十六年九月三十日まで期間一ケ年として賃貸するばかりでなくかねて訴外株式会社日本勧業銀行の仮差押によつて執行吏の占有に帰し、右畑中の妻敏子保管に係る本件建物内に現存する澱粉製造機械附属一式及び二十五馬力モーター一台乾燥枠千枚、七キロ半変圧機一台其の他卓子等も右組合に使用させ、一ケ年の賃料として金三十五万円の前渡しを受け、同組合をして澱粉製造のため本件建物を不法占有させ(尤も本件建物の一部には訴外畑中の妻敏子が居住していたから其の占有は本件建物の全部には及ばないが)其の後更に其の期間を一ケ年延長し其の賃料を一ケ年金七十万円とし、内金四十万円を受領した。然し乍ら訴外日本勧業銀行は前示東京地方裁判所の仮差押決定に基き之が執行のため昭和二十六年四月十三日水戸地方裁判所に本件建物に対する強制管理の申立(同裁判所昭和二十六年(ヌ)第四号事件)を為し、同年五月二十八日同裁判所から其の開始決定を得て、同年七月二十八日訴外加藤正が其の管理人に選任され、同管理人は同年八月二日管理物件占有のため建物存置の現場に臨んだところ、本件建物は右訴外組合が原告から賃借期間一ケ年、賃料年三十五万円前渡しの約で賃借して居り、澱粉製造をしていて同年九月三十日で其の期間が満了するので、同年十月一日午前十時半再び右現場に臨み右組合長黒沢清十郎、所有名義人畑中繁太郎、債権者代理人松井剛一及び原告等立会の上本件建物は管理物件として管理人において占有し、該物件は管理人の占有に帰したる旨及び何人も之を侵犯することを許さざる旨の公示札並に貼紙を貼付し訴外永井喜左エ門に其の保管を命じた。其の後右管理人は同年十月八日附の強制管理取下書の送達を受けたので、同月十四日午前十時半現場に臨み本件建物の占有を解き、之を最初占有当時の所有名義人たりし訴外畑中に引渡した。而して右引渡しが法律上適当不適当に拘らず、事実訴外畑中が其の引渡しを受けたので同人に占有は回復し、同人は同日被告等両名に其の引渡しを為し被告等は正当に之が占有を取得したのである。従つて仮に右訴外組合が原告主張のように原告の占有代理人として本件建物を占有し、原告が右組合を通じて本件建物を間接に占有しているものであるとしても、元来占有訴権の主体は民法第百九十七条に明規するように占有者及び他人のために占有を為す直接占有者に限るのであつて、原告のように右組合を通じ即ち右組合を占有代理人として間接に占有を為す者は占有訴権の主体たる適格がなく、原告の名において占有訴権を行使することは許されないばかりでなく、仮に原告が本件不動産の間接占有者として叙上訴権の行使が認容されるとしても、右訴外組合は不法占有者であつて、被告等に本件建物を返還すべき義務があるから、例えば盗人が盗品の所有者に対し占有の訴を提起したと同様原告の本訴請求は訴権の濫用である。又仮に然らずとするも、右訴外組合は原告と絶縁し被告等に対し被告等の所有権並に占有権を妨害しない範囲で本件建物の使用を許容せられ度き旨再三申出があつたので、被告等は之を承諾し、昭和二十七年二月十六日右訴外組合と被告等との間において原告と右組合との更新契約と同様同年九月三十日まで右組合の澱粉製造に支障なきよう協力することの契約が成立し、因て現在同組合は澱紛製造に関し原告との更新に係る賃貸借契約があつたと同様其の目的を達しつつあるので、被告等から何等の妨害を受ける虞れがないから以上いずれにしても原告の本訴請求は失当である。
三、<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十五年十月十日本件建物を訴外前渡村農業協同組合に期間一ケ年で賃貸し、更に昭和二十七年九月三十日まで右賃貸の期間を一ケ年延長したこと及び右訴外組合が現在本件建物を澱粉製造工場として占有使用していることはいずれも当事者間に争がない。
而して証人黒沢八郎の証言によつて真正に成立したと認められる甲第三号証、証人大内信男の証言によつて真正に成立したと認められる甲第四号証及び成立に争のない甲第七号証(乙第七号証)と右各証人の証言並に証人永井喜左エ門の証言に原告本人尋問の結果を綜合すると、原告が本件建物を右訴外組合に賃貸するに至つた事情は次の通りであることが認められる。すなわち訴外常陽農産工業株式会社(当時の商号は前渡農産工業株式会社)は昭和二十五年三、四月頃まで二ケ年間位本件建物を使用して澱粉製造業を営んでいたが、其の後株主総会の決議により其の営業全部を第三者に賃貸することになり、之が賃借人を銓衡した結果原告を適格者として選定の上昭和二十五年十月五日原告との間に本件建物及び機械器具等一切を賃料月額金一万五千円期間を昭和二十六年九月三十日までの一ケ年とし、期間満了の際は更新し得る旨の賃貸借契約を締結したところ、偶々前示訴外組合が其の事業として澱粉製造業を計画し、其の工場として本件建物の転借方を原告に申出でたので、原告は右訴外会社の承諾を得て同年十月十日本件建物及び機械器具等一切を賃料一ケ年金三十五万円前払い期間を昭和二十六年九月三十日まで一ケ年とし、期限後は直ちに原告に返還することの約定で右訴外組合に転貸し、同訴外組合は昭和二十五年十月十五日頃から本件建物を事実上占有使用し澱粉製造事業を営んで来たが、右期間の満了する昭和二十六年九月三十日に至り更に原告との間に右転借期間を一ケ年延長し、其の期限を昭和二十七年九月三十日までとし、賃料を一ケ年金七十万円と定め、其の内金四十万円を原告に支払つたものであること。(被告等は本件建物は訴外畑中繁太郎個人経営の澱粉製造工場であつて同人が占有して来たものであると主張するが、被告等挙示の全証拠によるも右認定を覆し被告等の右主張事実を認めるに足りない。)そして更に成立に争のない甲第一、第二、第五号証と証人永井喜左エ門の証言及び右証言によつて真正に成立したと認められる乙第十号証並に被告本人山口藤三郎の供述の一部及び右供述によつて真正に成立したものと認められる乙第六号証を綜合すれば、これより先昭和二十六年五月二十八日訴外株式会社日本勧業銀行が訴外畑中繁太郎個人を被申立人として、当裁判所から得た同年(ヌ)第四号不動産仮差押執行のための強制管理開始決定に基き其の管理人加藤正は同年十月一日午前十時半本件建物存置の現場に臨み右訴外組合長黒沢清十郎、本件建物の登記簿上の所有名義人畑中繁太郎及び原告等立会の上本件建物を管理物件として同管理人の占有に移し其の保管を右組合の職員訴外永井喜左エ門に命じたので、右組合は一旦澱粉製造の操業を停止したが、同年十月四日附当裁判所の強制管理停止決定により右強制管理は停止され更に同月八日附を以て取下げられたので、右管理人は同月十四日午前十時半右現場に臨み、本件建物の占有を解き之を訴外畑中繁太郎に引渡す旨告知し、更に同訴外人から同日被告等両名に之を引渡したる旨の乙第六号証を作成したけれども、本件建物の事実上の所持は依然として右訴外組合が之を継続し原告等の指示に従い、再び澱粉製造の操業を始めたところ、被告等は右組合に対し本件建物からの退去を要求し、且つ同年十一月初頃被告藤沼が人夫数名と共に本件建物内に現存する機械類を取りはずして持去つて了つたので、同組合の組合長等が兎に角同組合において本件建物を使用し澱粉製造の事業を継続し得るよう被告等と交渉の結果其の承諾を得て昭和二十七年二月二十一日右両者間において原告との更新に係る転貸借と同様右組合において被告等に本件建物の使用料として金七十万円を支払うこと、其の使用期限は昭和二十七年九月三十日までと定め、とりあえず内金三十万円を支払つて今日に至つているが、原告との転貸借関係は之を解消することなく依然そのまま継続しているものであることを認めることができるのであつて、右認定に牴触する被告本人山口藤三郎の供述は信用しない。又被告等は右訴外組合は原告と絶縁したと主張するが、その然らざること右認定の通りである。
而して賃貸借関係に於ては賃借人が物を所持するのは一面自己のために占有すると同時に他面に於ては賃貸人を代理して占有するのが普通であつて、この事は転貸人と転借人との間においても同様であるから、原告は前示訴外組合を占有代理人として本件建物を占有するものと謂うべきところ、前認定の如く被告等が右訴外組合に対し本件建物からの退去を要求し、且つ昭和二十六年十一月初頃本件建物内に現存する機械類を取りはずして持去つて了つたことは右訴外組合の本件建物に対する占有状態の円満を害するものであつて占有訴権における所謂「占有の妨害」というのに該当するから、若し将来も其の虞れがあるならば原告は民法第百九十九条に依り被告等に対し占有保全のため其の妨害の予防を請求し得るわけである。
被告等は仮に原告が右訴外組合を占有代理人として本件建物を占有しているものであるとしても、占有訴権の主体は民法第百九十七条に明規するように占有者又は他人のために占有を為す直接占有者に限るのであつて、原告のような代理による間接占有者は占有訴権の主体たる適格がなく原告の名において占有の訴を提起し得ざる旨主張するが、民法第百九十七条にいうところの占有者を被告等主張のように狭く直接占有者と限定して解すべき理由なく、民法第百八十一条の所謂代理人によつて物を占有する代理占有者も占有権を有する以上民法第百九十七条所定の占有者として之が訴権を行使し得るものと解すべきであるから、被告等の右主張は之を採用することはできない。又被告等は仮に原告が代理占有者として右訴権の行使が認容されるとしても右組合の占有は不法占有であつて、被告等に本件建物を返還すべき義務があるから、訴権の濫用である旨主張するけれども、占有の訴は占有者が占有すべき権利を有するかどうかは問わず、占有訴権の要件たる侵奪なり妨害又は其の虞れがあれば占有即ち物の所持という事実によつて生ずる占有権に基いて之が訴及を為し得るのであるから、被告等の右主張も亦之を採用しない。
然し乍ら占有訴権における占有の妨害とか其の虞れがあるというのは所持者の意思にもとずかずに占有状態の円満が害せられる場合をいうのであつて、代理占有にあつては右の意思は所持者たる占有代理人について決せられるべきもので、占有代理人において現在は勿論将来も何等之が妨害を受ける危険がない場合には、民法第百九十九条の要件たる「占有を妨害せらるる虞れがある」ものとは言い難い。之を本件について観るに、本件建物に対する原告の占有は前示の通り訴外前渡村農業協同組合を占有代理人としてその所持による代理占有の関係にあるのであるから、原告の本件建物についての占有権は右の代理人による占有に基くほかないところ、右訴外組合は昭和二十七年二月二十一日被告等との間に原告との更新に係る転貸借と同様同組合において其の使用料を支払い、其の期限を同年九月三十日までとし、同組合において本件建物を引続き使用し、澱粉製造の事業を営み得るよう話合ができ現在之が占有使用を為しているものであること前認定の通りであるから、少くも昭和二十七年九月三十日までは被告等から右占有の妨害を受ける虞れがないこと明白である。従つて原告において右訴外組合から本件建物の返還を受け其の所持を回復した場合は格別未だ代理占有の関係にある現在原告の本件建物の占有に対する民法第百九十九条の要件たる占有妨害の虞れあるものとすることのできないこと前に説示した通りであるから原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 広瀬友信)